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お茶農家&お茶のお店

ピーターストンティー(イギリスウェールズ)

CHAMART

有機栽培のお茶とコンブチャを作る茶園
イギリスには、イングランド、スコットランド、ウェールズに、それぞれ商業的な茶園が一軒ずつあります。
ピーターストンティーは、ウェールズ南部のグラモーガン渓谷にある有機栽培の茶園です。
冬には風が強く、気温が氷点下になることもあるこの土地で、農薬や化学肥料を使わずにお茶を栽培さしています。
ピーターストーンティーを営むのは、ルーシー・ジョージ(Lucy George)さん。
ピーターストンティーでは、釜炒り製と蒸し製の緑茶、紅茶、烏龍茶、コンブチャ(紅茶キノコ)を製造・販売しています。また、自園のお茶の種と苗木も販売し、有料で茶園見学ツアーやお茶作りワークショップも年に数回開催しています。

ピーターストンティー(2025年5月)

果樹園から茶園へ ルーシーさんの挑戦  
この茶園は元々、ルーシーさんの両親が営んでいた果樹園でした。ルーシーさんは大学で農業を学び、2003年に両親の果樹園を引き継ぎ、果物でアイスクリームの製造・販売もするようになりした。アイスクリーム事業は順調でしたが、何人ものスタッフを抱え果樹園経営の難しさも感じるようになりました。ルーシーさんは忙しい日々を送り、1日の多くをアイスクリーム工場内で過ごしていました。
10年経ち、ルーシーさんは働き方を変え、屋外で農業をして生計を立てたいと考えるようになります。その結果、辿り着いたのが現金作物であるお茶の栽培でした。ネットで検索し、イングランドとスコットランドに茶園があること、そしてお茶の栽培・製造のコンサルタントがいることを知り連絡をします。
お茶のコンサルタントのサポートを受け、ルーシーさんは2014年からお茶の栽培に取り組むようになりました。さらに、英国ティーアカデミーでお茶を学び、スリランカとインドへ研修旅行にも参加しました。

ルーシー・ジョージさん(2025年5月)

種から育てるお茶づくり 
ルーシーさんは、お茶の苗木を植えるのではなく、種を蒔くことから始めました。
ウェールズの気候に合うのは世界のどの地域のお茶なのか。
ジョージア、ネパール、インドなど世界各地の茶産地のお茶の種を植えました。その結果、西インドのお茶が栽培できるそうだとわかったのです。たくさんのお茶の木が枯れてしいましたが、2019年には少量だが販売できるお茶を作れるになりました。2025年にはお茶の木は約2万本にまで増え、お茶の生産量は80kgを見込んでいます。

ピーターストンティで採れたお茶の種(2025年5月)

ポリトンネル
お茶の木は、露地栽培とポリトンネル(トンネル型のプラスチック製フィルムで覆われた簡易温室)の中で栽培されています。
ルーシーさんは苗木を購入するのではなく、自園で採れた種から苗木を育てることにこだわっています。
経費を抑える理由もありますが、何よりもウェールズの気候に合ったピーターストンティーオリジナルの品種を作りたいからです。さらに、単一の品種だけを栽培すると、病気が発生した際に被害が広がる可能性が高くなります。 

ポリトンネルの中、お茶の木と桃の木(2025年5月)

お茶のシーズンになると、ルーシーさんは早朝から剪定鋏でお茶を摘み、午後からお茶を作ります。
4月中旬から5月中旬の茶葉は緑茶、7月中旬の茶葉で紅茶と緑茶、9月の茶葉で紅茶を作ります。
敷地内の製茶工場には、茶葉を炒る釜、小型の揉捻機、乾燥機などの製茶機械があり、揉捻機1台は日本製ですが、それ以外はすべて中国製です。機械はすべてアイスクリーム事業の利益で購入できました。2024年にアイスクリームの製造機が故障してしまい、現在はアイスクリームの製造はしていません。

揉捻機(2025年5月)

茶園の中の森と再生力 (アグロフォレストリーとレジリエンス)
地球温暖化により気温が上昇しても、ポリトンネルを使っても、やはりウェールズでお茶を栽培するのは容易ではありません。
そこでルーシーさんは、さまざまな工夫を凝らしています。
各ポリトンネルには、お茶の木よりも背丈の高いアプリコット、桃、柚子、花椒などの樹木を植えています。お茶だけの単一作物ではなく、複数の農作物や樹木を混植するアグロフォレストリー(森林農業)を取り入れ、茶園の中に小さな森を作っています。
これらの木々は、お茶の木を強い日差しや強風から守る役割を果たしています。ポリトンネルの出入り口は常に開放されているため、蝶などの昆虫が自由に出入りでき、昆虫の糞によって、茶園の土には微生物や菌類が繁殖し、豊かな土壌が育まれます。 さらに、昆虫による自然受粉が行われ、お茶の木には種が実ります。
自然の雨だけでは足りないため、お茶の木に散水ができるよう灌漑システムが設置されています。

複数の農作物や樹木を混植するアグロフォレストリー(2025年5月)

茶園には、葉が枯れかかったお茶の木がいくつかありました。 お茶の木が持つ再生力「レジリエンス(Resilience)」―植物が枯れや損傷から回復し、環境ストレスに耐える力―を活かすため、ルーシーさんはできるだけ手を加えずに見守っています。 
茶園には、犬、羊、そして3頭の馬がいて、羊と馬の糞は茶園の肥料として使われます。動物たちは、ルーシーさんにとって癒しの存在です。
茶園で実った柚子は、皮を乾燥させて紅茶にブレンドし香り良い柚子紅茶になります。

柚子紅茶

お茶作りへの情熱
2025年5月10日の茶園見学ツアーでは、ツアー参加者はルーシーさんの手作りケーキを食べながら、釜炒り緑茶と紅茶を試飲しました。ルーシーさんの釜炒り茶は、中国の龍井茶のように清涼感があり上品な味わいでした。
この時のツアー参加者のほとんどがウェールズ在住で、ウェールズでお茶を栽培していることに驚いていました。この茶園の存在は、ネットやテレビで紹介されたことで知ったそうです。

釜炒り緑茶と紅茶の試飲(2025年5月)
ルーシーさんの手作りケーキ(2025年5月)

ルーシーさんは、2022年に英国ティーアカデミーとフォートナム&メイソンが共催するお茶の賞「The Leafies」でパイオニア賞を受賞し、2023年にはBBCウェールズ支局のウェールズ食と農業賞で最優秀食品・飲料生産者賞(Best Food and Drink Producer in Wales Award with BBC Cymru Wales)を受賞しました。
ルーシーさんのお茶は、口コミでも広がり、イギリスの老舗高級百貨店や高級レストランで取り扱われています。

BBCとTHE LEAFIESの賞の盾

広がるルーシーさんのお茶
ルーシーさんは働き者です。
パートスタッフが一人いますが、トラクターの運転、ポリトンネルの組み立て、お茶の摘み取り、製茶作業など、ルーシーさんがほぼ一人で行なっています。茶園見学ツアーなどのイベントの時は、ルーシーさんの母親が手伝いに来てくれることもあるそうです。

有機栽培で大変な作業と言えば草取りです。茶園の雑草取りや種を拾う作業は、中腰の状態でするため、ルーシーさんは腰や膝が痛くなり、作業中に怪我をしたこともあります。
昨年はパートスタッフと一緒に約25,000個の種を拾いました。ルーシーさんは、ほぼ毎日、朝7時前から夕方まで働いています。仕事に熱中するあまり、昼食を食べることを忘れることもしばしばです。
周囲の人から、スタッフの増員を勧められていますが、自分のペースで好きなように作業をすることを選んでいます。 
ルーシーさんは、お茶の持つリラックス効果を活かして、新しい試みにも取り組み始めました。 今年は地元の医師と協力し、心のケアが必要な人たちのためにお茶会を開きました。 

お茶への情熱はどこから来るの?と尋ねると、ルーシーさんは笑いながらこう答えてくれました。
「情熱(Passion)ではなく、取り憑かれている(Obsession)のかもしれない。ただ、品質の良いお茶を作り続けていきたい」

ピーターストンティー(2025年5月)

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