お茶農家&お茶のお店
矢部屋 許斐本家(福岡県八女市)
CHAMART

九州最古の茶商
八女市福島地区(八女福島)には、江戸時代末期から昭和初期に建てられた、伝統的な土蔵造りの町屋が今も数多く通り沿いに残されています。
この地にある矢部屋 許斐本家(やべやこのみほんけ)は、江戸時代から続く老舗の茶商です。
江戸時代の宝永年間(1704〜1711)、現在の八女市矢部村の山間部にて、「矢部屋」の屋号でお茶や木炭、椎茸などを扱う商いから始まりました。
その後、安政年間(1855〜1860)に茶を専業とする茶商となり、慶応元年(1865)には八代目・許斐寅五郎翁が、現在の八女福島に製茶問屋を開業。
現在の店主・六代目許斐久吉氏は、初代から数えて十四代目にあたり、今も当時の建物で営業を続けています。

九州を代表する銘茶 八女茶
八女茶は九州を代表する銘茶であり、特に八女の玉露は全国的に高評価を受けています。
矢部屋許斐本家の小売販売では、八女の茶園から仕入れた一番茶の荒茶のみを使用。店舗奥の仕上げ工場で火入れを行い、丁寧に仕上げた茶葉を販売しています。うま味とコクのあるお茶を味わえます。
玉露、抹茶、煎茶、玄米茶、白折(茎茶)、ほうじ茶の他、八女抹茶を使った焼きショコラなども取り扱っています。

なかでも「焙炉式八女茶熟成蔵出し茶」は、春摘みの高級煎茶を蔵で秋まで熟成させた後、職人が八女の和紙を貼った焙炉を用い、地元の炭火で丁寧に焙煎した特別なお茶です。

八女茶の歴史を体感できる店舗
矢部屋許斐本家の店舗は、江戸時代から受け継がれてきた町屋であり、八女市指定有形文化財にも登録されています。
店舗の奥には、中庭、座敷、仕上げ工場、蔵が連なり、当時の面影を色濃く残す佇まいは、まるで江戸時代末期にタイムスリップしたかのような感覚を呼び起こします。

焙炉や茶壺、籠など、歴史を感じさせる茶道具の数々が並んでいます。 なかでも、製造途中で茶葉を一時置きするボテ(茶籠)は、八女和紙を貼り替えながら柿渋を塗り重ね、百年近く使い続けているそうです。

石灯籠が置かれた中庭には、凛とした空気が漂っています。

明治30年(1897)にロシア向けに輸出された蘭字付きの茶箱や、釜炒り製緑茶を作る炒り釜など、貴重な道具も残されています。

仕上げ工場は店舗の奥に位置しており、中庭から向かうには本来は廊下へ上がる必要がありますが、廊下の一部が跳ね上げられる仕掛けになっているため、廊下を上らずに行くことができます。こうしたからくりのような工夫も、当時の姿のまま今に伝えられています。


八女茶の歴史
応永13年(1406)、栄林周瑞(えいりんしゅうずい)禅師が明(中国)での修行から茶の実を持ち帰り、それを黒木町の霊巌寺(れいがんじ)に植え、釜炒り茶の製法を庄屋の松尾太郎五郎久家に伝えました。これが八女茶の始まりと言われています。
大正時代末期まで、八女地方のお茶は「筑後茶」「笠原茶」「星野茶」など、各地の名称で呼ばれていました。当時、八女郡茶業組合長を務めていた十代目(二代目・許斐久吉)氏は、ブランド化を図るために名称を「八女茶」に統一することを提案。その結果、大正14年(1925)から現在の「八女茶」という呼び名が定着したそうです。
*通常は非公開ですが、特別に中庭、座敷、仕上げ工場を見学させていただきました。
参照:矢部屋 許斐本家 https://www.konomien.jp/
住所:福岡県八女市本町126
最寄駅:
営業時間:9:00~18:00
定休日:矢部屋斐本家のサイトでご確認下さい。
駐車場:あり
サイト:https://www.konomien.jp/
オンラインショップ:https://konomien.shop/
*本記事は2025年12月訪問時の情報を基に執筆しています。
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